SNSが苦手で嫌いな理由、それでも使う理由
閲覧ありがとうございます。寝屋川です。
唐突ですが、私はSNSが苦手です。
ツイッターは何度も入れては嫌になり消しており、インスタグラムはやる理由も見つからず開くたび消そうかなと考えている始末です。
この記事ではツイッターに対して考える不満と、これから先使えるようにならないといけないと感じた理由について書いてみようと思います。
稚拙な記事になりますがぜひ最後までお付き合いください。
ツイッターが嫌いな理由①コミュニティへの不信感
ツイッターを本名で使い、公式アカウントや有名人のツイートに返信したり知らない人と交流している人はかなり少ないのではと思います。
新しく名前を設定し、そのアカウントで知らない人とツイッターで交流を図るのが実情だと思います。
それはある意味で自己防衛と呼べなくもないですが(個人情報の流出の防止)、私からすればそれは違う自分を演じているようにしか感じられず気持ち悪く感じます。
知らない人と交流できるシステムなのに、繋がりを感じることはほとんどないジレンマがあるのが耐えられなくなり私はツイッターをやめた経緯があります
体験談になりますが(ここから先は興味ない方は飛ばしていただいてもよいと思います)、私は中学生時代、知らない人とアニメや漫画、映画やラノベの繋がりをツイッターを通して行っていました。
住む場所も違えば年齢も違う方と交流していたのですが、そこには現実感を感じられません。それでも、人とつながってることへの喜びがその寂しさより勝ってしまい、話題のネタとしてアニメを一夜で一気見したり、ラノベをたくさん買っては読み老けていたところがあります。正直、数年たった今では、ソードアートオンラインや魔法科高校の劣等生を読み返そうと思う気にはどうもならなくて、なんでこんなことに時間とお金を割いてしまったんだろうか、と悔やんでいるのが実状です。読書が好きになったきっかけになった、という面につながっているかもしれないので、全部を否定はできませんが。昔話おわり。
まとめると、昔は実在するかわからない存在のために莫大な時間とお金を使っていたのです。結局つながりなんて得られず、ツイッターのコミュニティなんて儚いものなんだなと考えるきっかけになってしまいました。
ツイッターが嫌いな理由②いらないものをおすすめされる
人気記事や芸能人についての記事、しょうもない炎上や実在するのかわからないウイルスの話など、目に毒な情報がおすすめされることはよくありますよね。これはツイッターだけの話ではないですが。
これらがあるからツイッターのTLは見たくもないし、検索ページに飛びたくもないのです。身内のTLになると誰かへの悪口や愚痴、不満とかが出てきてほんとに嫌になります。
じゃあTLがきれいになればいいのか、というとそうでもなく、それはそれで「うわあ、偽善者がたくさんだあ」なんて思ってしまうのだろうと思います(「君のためを思ってやってあげてるよ」構文が嫌いな自分の性格的に)。
夏目漱石の坊ちゃんで出てくる、少年時代の話での清に対する思い、これにに近いものを自分も感じるだろうという予想なわけです(わかりづらければ申し訳ないです・・・)。
結局、いらない情報を受け取り、それに翻弄されるのが苦痛でしかないため、ツイッターが嫌いなわけです。
ツイッターが嫌いな理由③文字数足りません
もっと書かせてほしい。それにつきます。
自分の思いは140字で整理できません。説明の不備にもつながるし、解釈の相違も生まれるので、苦手。
その制限がなければもっと賑やかになるんじゃないだろうか、と思う。それが地獄絵図の様に思えなくもないのでなんとも言えませんが。
ただ140字の制限を無くしてほしい、というわけではないのはご理解いただきたい。文字数が少なすぎるのが問題だと思うのです。
それでもツイッターを使おうと決心した理由
こうして整理してみると、私はツイッターなんてやらない方がいいんじゃないのか、向いてないよ、なんて思われるかもしれません。ですが、それでもツイッターを使おうと考えた経緯があります。
今のままだと仕事に支障がでる、という危機感です。
私が携わっている仕事は誰かの力を借りないとできない仕事なわけです。
そこには建前や不信感、恐怖などはない方が仕事はうまくいくのですが、実は私すごく臆病なのでございます。
とにかく一対一で腹を割った状況じゃないと自分の考えも言えず本音も言えない。なんなら話す相手にしたって自分が気を許した人じゃないとうまくいかない。
こんなやつが仕事うまくいかないはずだろう、と自分自身が一番強く感じています。こういった弱みを改善するには、他人に揉まれるしかないと思うのです。
そのために今の業務内容は自分にとって修行だと割り切っているのですが、もう一度SNSと向き合ったりするのも大事だと考えています。
もう一度、知り合いとツイッターで繋がり、自分が目の前では言いづらいことや口にしづらい考えをアウトプットし、知り合いに見てもらう。次に実際にあった時に軽く聞いてみたりする。話題の種にもなるし、自分の研鑽にもつながる。本音で話せる。
こういったことを期待している。正直、今のツイッターの実情はよくわからない。今後の時代の流れでSNSが仕事になる可能性のことも考えると、やったほうが良いんじゃね、という結論に至ったわけだ。
ここまで見ていただき本当にありがとうございます。
またいろんなことを書いていこうと思うので、ぜひ意見をお聞かせください。
ところでこんな記事を知り合いに見せるのは超怖い。
頑張って心許せる人から共有していこうと思う。